なぜ塾屋の塾長は、教師にならなかったのか・・・

読んで実践できる!指導について

塾を将来の夢にする人は・・・いない

塾をやっていると、よく言われる質問

愛教大を出られたんですよね?

 

愛知教育大学で教員免許を取得し、教育学を専攻している同級生は、ほぼ全員が教員になりました。


今に至った経緯を少し書きたいと思います。

 

 

 例えば、高校では社会の文化を教える際に後ろにいた実習生を急に前に呼び、その場でモノマネをしてもらったり(その時代に、モノマネを楽しむ文化は出てきたため)


 また、中学では日本列島の授業で、班ごとに「リアル日本列島選手権」と題して、班のなかで1番うまい人を選んで、さらに黒板で班の代表が書き1位を決めるゲームをしました。

 しかし、実習が進むにつれて、そういった個性を抑えるような注意を一部の先生から受けました。それだけでなく、職員室や先生の日常の様子から、個性を出せる場があまりに少ないこともわかりました。

 個性は抑えられるところなのか。または個性を出そうとしていないだけなのか。もしくは個性の薄い人になってしまうところなのだろうか。

 悪く言えば「誰かに代わっても影響がない」のが学校の授業で、それが一定の教育を与えているというのでしょう。

 私は学校や教師を否定しているわけではありません。
もちろん良い意味では「誰がやっても大丈夫」というわけで、安定感と安心感はあると思います。

 しかし、私はそこに行きたくないと思ってしまいました。ここに行くのは、私じゃなくてもいい。もっと自分でないと出来ないことはあるはずだ・・・

 実習を終えて、私は自分にしか出来ないことを探しました。
 その結果、こうして、今の私がいます。

 今の塾屋のシステムや授業の様子を見てもらえればと思います。

 

 もちろん、教師よりも安定していません。給与も昇給していきません。でも、私はこの仕事に誇りを持っています。

 

 もしかしたら、学校の先生の中には

「塾屋みたいな指導がしたかった」「こういう塾があると助かる!」という思いでブログをご覧になる方もいるかもしれません。

 

 学校の先生だけでなく、塾業界の方、学生、みんなが「この塾良いな」と羨ましく思える塾でありたいと思っています。

 

 まだまだ「これがゴールだ」と思える状況には至っていませんが、この初心を忘れずに今日も向き合っているのは間違いありません。

 私は最初、学校の先生になるのが夢でした。 
 私は小学6年生のころ、担任の先生が変わった人で、「こんな先生もいるんだな」って思って、そこに個性を感じて教師になりたいと思いました。今思い返せば、その先生の授業が良かったわけでも、特別すばらしかったわけでもありません。


 1つだけ、覚えていることは
「自分の居場所があった」ことです。

 自分という存在意義を自覚できた場所であり、それを導いてくれた方だと思います。もちろん当時はそんなことは思ってもいませんでした。

 そこから、中学・高校・大学と教師になるための進路を選択しました。高校3年のころ、このままでは大学に行けないと思い、必死で半年間、勉強をしました。

 その後、教師になる道が外れてきたのは19歳、大学1年のころ、教師になる厳しさを目の当たりにしたときでした。

 まず教科。
 私は特に気にもせず、高3のとき一番できた社会科を選択して、社会の先生になるコースに入学しました。しかし、実際は「その場しのぎ」をしてきただけで好きというわけでもなく、詳しくもない。このまま社会の先生になれるのだろうか。その不安が迫ってきました。大学に入ったら教科を変更できると勘違いしていたのも大きかったです。

 そして倍率。
 社会科の教師になるためには、採用試験を通らないといけません。しかし、社会は特に高倍率で30才くらいになって、ようやく受かるくらいだと聞きました。得意でも好きでもない社会で、他の社会好きで社会得意の人に勝てるわけがない・・・。

 この2つに直面したとき、私の目の前は真っ暗でした。

 教師しかない・・・そう思って過ごしてきたのに・・・

 そんなとき、ある塾に出会いました。大学1年の秋から個人塾で講師をしていました。

 私は今まで塾にいったことがありませんでした。高校卒業まで塾の入口を通過したこともなかったので、初めての塾は習う側ではなく、教える側でした。

 その塾で、中学生に英語や数学を教えていました。深い知識があったわけではないものの、自分の知識や考え方が役に立っている実感がありました。それと同時に、生徒と接していて、楽しく教えるという行為の魅力に惹かれていました。

 そして、そのまま2年が過ぎ、大学3年の教育実習。

 塾での経験もあり、不安も他の学生より少なく、ゆとりをもって臨みました。なので、塾で仕事し始めてから、個性を意識するようになっていました。普通のことはしたくないという思いを持っていました。

 例えば、教育実習の授業で実習生によくある
・何かを見ながら話す ・黒板を向いて書いてばかり ・お堅い授業
にならないように最大限の努力をしました。

 同じような授業をしていても、そこから生徒は何も刺激は得られない。短い期間だからこそ、生徒に刺激になってほしいと思っていました。—–